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ここでは、テラクリサロンで朗読された中村俊哉による短編小説を公開します。

今後、他の作家の小説も順次公開していく予定です。どうぞお楽しみに!

 

中村俊哉の短編小説たち

[2013/05/31公開]
  遠き故郷
(テラレボリューション / 朗読:佐藤 猟&紺野 愛)
HTML版 / WORD版
[2012/12/20公開]
  鏡の迷宮
(第4回テラクリサロン / 朗読:水本小百合)
HTML版 / WORD版
[2012/07/24公開]
  ふれあい
(第3回テラクリサロン / 朗読:有賀 楓)
HTML版 / WORD版
[2012/07/16公開]
  雨の降る街
(第2回テラクリサロン / 朗読:伊東一人)
HTML版 / WORD版
 
[Coming Soon...]
  ヴァーチャル・ファイト
(第2回テラクリサロン / 朗読:堀江麗奈)
  エクスターナル・アフィアーズ
(第1回テラクリサロン / 朗読:堀江麗奈)
   

 


 雨の降る街


 その街では、今日も雨が降っていた。

 ただただ、音もなく。

 ここ数年間、お日様が顔をのぞかせたことがなく、街に住む幼い子どもは太陽というものを知らなかった。

 そんな「雨の降る街」に、女性が一人、外の世界からやってきた。

 彼女は傘を差さず、代わりに、黄色いフード付きのパーカーを着ていた。

 街の入り口付近にあるパン屋に入っていく女性。

「いらっしゃい…」

 中で彼女を迎えたのは、陰気な顔の店主だった。

 彼女はパーカーを脱ぎ、メイプルシロップがたっぷり塗られた調理パンをトレーに乗せ、その店主の下へと持っていく。

 そして、

「あ、ここで食べていきます。あと、ホットコーヒーもください。」

 そう言った。

「ここで」というのは、この店は店内にちょっとしたテーブルとイスが置かれていて、喫茶店とは言わないまでも、軽食が取れるようになっていたのだ。

 店主は無言でコーヒーを煎れると、差し出した。

 彼女は代金を払って、トレーに調理パンとコーヒーを乗せ、テーブルへと運ぶ。

 そして、腰を下ろし、コーヒーを飲みながら、パンをかじり、窓の外の景色を眺めていた。

 間もなく、シックなワンピースに身を包んだ一人の女性が入ってきた。

 女性は店内でも帽子を目深に被り、顔をあまり見せようとしない。

 彼女は同じくホットコーヒーを注文し、パーカーの女性の二つ隣のテーブルに置くと、そこに腰を下ろした。

 彼女は鞄から文庫本を取り出し、コーヒーを飲みながら、それを眺めていたが、その目は文字を追っていなかった。

 彼女の虚ろな表情は帽子の下からでも窺い知れた。

 パーカーの女性は、彼女に声をかけようとして、やめた。

 恐らくは彼女の虚ろの元凶が現れたのだ。

 店に入ってきたその男に声をかけたのは、彼女の方からだった。

「あ…元気?」

 機嫌を窺うようにして話しかける女性。

「…。」

 一方の男の方は憮然とした面持ちで、背もたれに寄りかかり、彼女の言葉に答えるのも面倒臭いといった様子だ。

「ああ…。」

 暫くして、彼が口を開いた。そして、

「何?何か用があったから、呼んだんじゃないの?」

 男は聞く。

「いや、そんな特には…。ただ、会いたいなと思って…」

 彼女は健気だった。だが、それすらも彼の神経を逆なでる。

「俺…ちょっと疲れてんだよね。」

 彼は彼女を拒否する常套句を並べ始めた。

「あ…ゴメン、大丈夫…?」

 彼女は慌ててフォローする。

 それに対して、ボリボリと頭を掻く男。

「今日は家で横になって休みたいんで、帰るな。」

 男はそう言って、席を立つ。

「え…」

 彼女も立ちあがり、追いかけようとするが、思いとどまり、彼を見送ると、再び席に座った。

「…」

 彼女は、先程の本を再び開いて、何事もなかったかのように、「読書」を再開しようとしたが、どうにも厳しかった。

 程なく、深い息をつき、片手を額に当て、テーブルを見つめたまま、動かくなくなった。

 こういった状態の彼女にかける言葉など、普通はないように思える。

 だが、一つ離れた席に座った黄色いパーカーの女性は違った。

「あのぅ。」

 彼女は最初、反応がなかった。

 悪気があった訳ではない、放心状態だったのだ。

 パーカーの女性は根気強く、二度三度と声をかける。

 すると、文庫本を手にした女性は、視線を彼女の方へ向けた。

「お願いがあります。」

 そう言って、彼女は鞄から小瓶を取り出し、女性のテーブルの上に置いた。

「え…?」

 女性は訳が分からないといった風で、小瓶と彼女の顔を交互に見た。

「この小瓶を見つめてもらえますか?」

 パーカーの彼女が言う。

 女性は再び小瓶を見た。

 何の変哲もない、普通の小瓶。
 口にはコルクの栓がされている。中には何も入っていないように見えるが…

 その中をぼんやりと眺めていると、突然、何かが弾けた。

 花火だろうか?

 それは次から次へと色を変え、弾け飛ぶ。

 そして、それらが収束すると、瓶に残った煙の中から小さな家が現れ、その扉が静かに開いた。

 中から出てきたのは小さな女の子だった。

 その女の子はスカートの裾を摘んで、丁寧に挨拶をした。 

「え…!」

 女性は目の前の光景に唖然としていた。

 その女の子は幼少時代の彼女にそっくりだったのだ。

 女の子の周りには花畑が広がっていく。

 彼女は両手いっぱいに花を抱えて、そこを走った。

 満面の笑みを浮かべて。

 やがて、両親だろうか、彼女を呼ぶ声がして、返事をすると、元来た道を走っていった。

 蔓延する白い煙と共に、小瓶の劇場は閉幕した。

 ガタンという音を立て、女性は席を立つ。

「あたし…帰らなきゃ!」

 そう言って、彼女はそそくさと店を出た。

 その時の彼女の横顔は、小瓶の中の少女と同じ光を放っていた。

 その場に一人残ったパーカーの女性は、ニコニコしながら、小瓶を鞄に戻すと、店主に「ごちそうさま」を言い、店を後にした。


 雨は先程よりも若干小降りになっていた。

 彼女は「どこにも行けない小道」と書かれた札の立つ、脇道へと足を踏み入れた。

 そこにはバス停があった。

 その傍らでは、一人の老人が石段に腰掛け、バスを待っていた。

 彼女は話しかける。

「あの…」

 しかし、またも反応がない。

 老人は涼しい顔だ。

「お・じ・い・さ・ん!」

 パーカーの女性は声にアクセントを付けて、老人に話しかけた。

 すると…

「ん?」

 老人が振り向いた。
 どうやら、ただ単に耳が遠く、聞こえていなかったようだ。

「おじいさんは何をしているんですか?」

 女性が聞く。

「バスを待っとるんじゃよ。」

 老人が答える。

「どこ行きのバスなんですか?」

 再び彼女が質問をすると、彼は

「あの世行きじゃよ。」

と言った。

 老人は寂しそうな顔をしていた。

 そして、

「婆さんに会いに行くんじゃ」

と続けた。

 パーカーの女性が

「お婆さんのこと、本当にお好きなんですね。」

と言うと、老人は、照れたような嬉しいような、そんな微笑を浮かべた。

「良ければ、この指輪を嵌めてみてもらえませんか。」

 唐突に女性が指輪を取り出した。

「何じゃ…?」

 老人は怪訝そうな顔をしたが、女性は

「私がお婆さんから預かっていたものです。」

と説明すると、それを受け取り、薬指に嵌めた。

 次の瞬間、指輪から光が走り、その中に彼は何かを見た。

「わはは…」

 老人の顔が緩んでいく。

 やがて、

「娘さん、ありがとう。」

 そうお礼を言うと、石段を立った。

「おじいさん、どこへ?」

 そう聞くと、

「家に帰るんじゃよ。息子や孫が心配するといけないのでな。」

 そう言って、笑顔で手を振った。

 パーカーの女性も笑顔で振り返した。

 老人の姿が見えなくなった頃、

「なるほどね、思い出を投影する【ホログラム・リング】か。で、彼は何を見ていたんだい?」

と質問する者がいた。

 彼女が横を見ると、一人の爽やかな―ただ、少しナルシストの臭いがする―青年が立っていた。

「イケメン君が何の用?」

 パーカーの女性が聞く。

「僕が君のことを気にかけちゃいけないかな?」

 イケメンは逆に聞き返してきた。

「別れたわ。」

 女性は言う。

「つれないなぁ。僕は同意した覚えはないよ?」

 食い下がるイケメン。

「同意も何もないわ。片方の気持ちが離れた時点で、おしまいでしょ。」

 そう言われると、彼も黙り込んだ。

「ここは…あたしの故郷なの。雨が降り続き、人々の心は悲しみに囚われてしまっている。それを救いたい。そして、街の上に太陽が昇ってほしい。」

 彼女はそう続けた。

「なるほど…ね。そのため、それらの魔法具を持ち出したって訳か。先生に知れたら、ことだよ?」

 ニヤリと笑うイケメン。

「腹いせに言いたければ、勝手にすればいいわ。」

 そう言って、彼女は歩き出した。

「どこへ?」

 彼は聞く。

「…。私の家よ。」

 先程よりも気持ち小降りになった空の下、彼女は道の先に垣間見える、白い屋根の家に向かって歩き出した。

「リーサ、相変わらず、悲しい顔をしているな。悲しみから救い出す必要があるのは、寧ろ君だ…」

 イケメンは、彼女の背中を見送りながら、ポツリと呟いた。


 「リーサ」と呼ばれた彼女は、白い屋根の家の前までやってきた。

 門をくぐり、玄関に近付くと、その脇の部屋の窓越しに人影が見える。

 一瞬、笑みを浮かべたリーサだが、

「あ…!」

 次の瞬間、それは沈黙に変わった。

 そこに現れた紳士は、彼女の知る人物ではなかったのだ。

「あはは、お前は本当にいい子だよ。」

 ティーカップを手にした紳士は、ピアノを弾く幼い娘を前に、ニコニコしながら立っていた。

 外からの視線に気付いた彼は、リーサの方を見た。

「何だね、君は…?」

 そして、次には部屋を出て、玄関に回っていた。

「何の用かね?」

 紳士はリーサに問いかける。

「あ…いえ…、前にここに住んでいた人たちは?」

 リーサは紳士の質問には答えず、聞き返した。

「私たちが越してくる前、ここは長らく空き家だったそうだが。」

 紳士の回答にリーサは驚きを隠せない。

「そんな…。以前、ここに住んでいた人たちのことは、何もご存知ではありませんか?」

 リーサは訴えるように問いかける。

 しかし、紳士は首を横に振るばかりだった。


 一時は弱まったかに思えた雨脚は再び強さを増していた。

 雨の中、街を彷徨い歩いた彼女は、いつの間にか郊外の墓地に来ていた。

 一つの墓石の前で彼女の足は止まる。

 そこには「リーサ・ウィンケルホック」と、彼女の名前が刻まれていた。

「…。」

「奇術師志望の一人の少女…彼女がアカデミーにやってきたのはいつのことだったかなぁ。」

 墓石の陰から、先ほどのイケメンが現れた。

「アル。」

 振り向くリーサ。

 アルと呼ばれたその男は続ける。

「君はいつも『雨が降り続く、あの街の人々を笑顔にしてあげたい』って、頑張っていたよね。そんな君に僕も惚れた。」

「…。」

「だけど、きっと雨が降り続いていたのは君の心の中なんだ。そして、自分自身が笑顔になりたくて、奇術を学んだ。」

「…違う。私は任務のついでにここに寄っただけよ。」

「任務…ねぇ。人々を笑顔にする仕事を旨とする僕らが泣いちゃ、ダメだろ?」

 アルの言葉にハッとなって、彼女は自分の目から流れ出るものを拭った。

「こ、これは…雨よ!」

「ハイハイ、そういうことにしとこうか。」

「…。」

「先生が言ってた。君は前世の記憶を持ったまま、やってきてしまった非常に珍しいケースだってね。だが、いいか?前世だぜ?遥か昔のことだ。」

「そんなこと、分かってるわ!」

「仮にそうだとしようか。だが、もっと問題なのは、君が何のために、あの家に戻ったのかってことさ。両親が今だ生きてる訳がないんだよ。あるのは辛い現実だけさ。」

「…。何?辛い現実って?」

「誰も君のことを知らない。」

 雨は音もなく、ただしょうしょうと降りしきっていた。

 彼女が再び、顔を上げると、そこには小さな男の子と女の子が片手に傘を、もう片方の手には花束を持ち、立っていた。

 年の頃、5歳から7歳くらいだろうか。

 二人は、リーサのところまでやってきた。

 そして、目の前の墓石に花を捧げ、手を合わせる。

「ここに眠っている人を知っているの…?」

 リーサは聞く。

 すると、男の子は

「死んだじいちゃんの妹さんの墓なんだ。」

「おじいさん…?」

 リーサの脳裏に、優しかった兄の顔が浮かんだ。

「うん、二十歳過ぎで死んじゃったけど、素敵なマジシャンで、多くの人に手品を教えてくれたんだって。その人が作った手品、私も一つ出来るよ!」

 そう言って、女の子は服の片袖に入れたコインが二枚になって、もう一方の袖から出てくる技を見せてくれた。

「すごいでしょ?」

 彼女は自慢気に言う。

「え?あ、すごいねー!」

 リーサは慌てて、驚いてみせた。
 いや、彼女は心の中で真に驚いていた。

 手品の内容ではない。
 その昔、彼女が考えた手品を兄の孫に当たる小さな子どもがやってみせたことに。

 そして、自然と笑顔がこぼれていた。

「これ、おねえちゃんにあげる。」

 女の子は、コインを一つ、彼女に差し出した。

「ありがとう。」

 そう言って、リーサはそれを受け取り、しっかりと握り締めた。

 その時、降り続いた雨が止んだ。

 それと同時に、女の子と男の子の前から、黄色いパーカーの女性の姿は消えていた。

 一部始終を見届けたアルも、

「何だかんだ言って、やっぱお子様は最強だな。」

 そう呟くと、姿を消す。

「今の…幽霊!?」

 男の子は一瞬身震いをするが、女の子は

「違うわよ!雨を止めてくれた天使様よ!」

と主張する。

「そうか…そうだよな!すっげー!俺たち、天使見ちゃった!」

と男の子。

「見ちゃったー!」

 女の子も続く。

 あまねく陽の光が降り注ぐ中、二人の顔にも満面の笑みが溢れていた。

おわり

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