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ここでは、テラクリサロンで朗読された中村俊哉による短編小説を公開します。

今後、他の作家の小説も順次公開していく予定です。どうぞお楽しみに!

 

中村俊哉の短編小説たち

[2013/05/31公開]
  遠き故郷
(テラレボリューション / 朗読:佐藤 猟&紺野 愛)
HTML版 / WORD版
[2012/12/20公開]
  鏡の迷宮
(第4回テラクリサロン / 朗読:水本小百合)
HTML版 / WORD版
[2012/07/24公開]
  ふれあい
(第3回テラクリサロン / 朗読:有賀 楓)
HTML版 / WORD版
[2012/07/16公開]
  雨の降る街
(第2回テラクリサロン / 朗読:伊東一人)
HTML版 / WORD版
 
[Coming Soon...]
  ヴァーチャル・ファイト
(第2回テラクリサロン / 朗読:堀江麗奈)
  エクスターナル・アフィアーズ
(第1回テラクリサロン / 朗読:堀江麗奈)
   

 


 ふれあい


 俺は外に出るのが嫌だった。

 どこにも居場所がない。

 会社にも、帰り道のどこにも。

 行きたい場所も特にないし、休みの日は出来るだけ家から一歩も出ずに過ごしたい。

 でも、家の中にいたところで、そこが自分の居場所だと感じている訳じゃない。

 パソコンに向かい、ネットに繋がっている時は、仮想世界とはいえ、色々なところを巡ることが出来るが、それも所謂ロム専門。

 見ているだけで、会話の中には入っていけない。

 自分にはその資格がないと感じてしまう。

 しかし、働かないと、生きていけない。

 だから、仕方なく、今日も会社に向かっている。

 ああ、だるい…。

 こんな毎日の繰り返し…一体、何の意味があるんだろう。

 そんなことを思いながら、電車を乗り継ぎ、会社の最寄り駅のホームに下りると、俺はそこで転倒した。

「いっ…!」

 誰かが足を掛けてきたのだ。

 一体、誰が…?

 辺りを見回すが、それらしい人はいない。

 このラッシュの中じゃ、偶然、誰かの足が当たったってことだってある。

 仕方ない。

 周囲の視線を背中に感じる。心配されているのか。

 ああ、嫌だ。恥ずかしい。

 こんなことで注目されたくないし、「大丈夫ですか?」などと声を掛けられても、どう返していいか分からない。

 俺はそそくさと立ち上がると、その場を足早に立ち去った。

 しかし、月曜の朝からツイテナイな。

 これじゃ、今週も、先が思いやられる。

 そんなことを思いながら、改札をくぐろうとする。

 すると、いつも定期入れを入れている鞄のポケットにそれがないことに気付く。

「え…!?」

 俺は顔面蒼白だ。

 慌てて、その他定期入れを入れた可能性のある場所を探ってみる。

 が、ない。

 思い当たるのは、先ほどの転倒だけだ。

 俺は押し寄せるラッシュの波を掻き分けるようにして、ホームへと続く階段を上っていく。

 ああ、何でこんなことになっちまったんだろう。マジでツイテナイ。

 頭の中はそんな思いでいっぱいだ。

 だが、とりあえず、今は定期入れを探すしかない。他の選択肢はない。

 ホームに着くと、先程転倒した付近を注意深く観て歩く。

 どうにも見当たらない。

 あれがないと、マズイ。非常にマズイ。

 月額一万円近い定期。

 自腹で買い直すのは、かなり厳しい。

 スイカだったら、千円払って再発行―ってことも可能だが、磁気定期はそうはいかない。

 とは言っても、このままでは会社に遅刻してしまうので、仕方なく、駅員にその旨を伝え、遺失物届けを出すと、俺は駅を後にした。


 この日は、出鼻を挫かれ、かなりテンション低めで一日の仕事を終える。

 そして、駅まで戻ってくると、期待はしないで、窓口で聞いてみた。

 すると、「あ、届いてますよー。」と、駅員のお兄さん。

 望外の回答に、不覚にも笑みがこぼれた。

 定期入れを受け取ると、磁気定期を取り出し、改札をくぐる。

 金券である定期を届けてくれるなんて、奇特な人もいたもんだ。

 そんなことを思いながら、改めて定期入れを開いてみる。

 すると、内ポケットのところに見慣れない白い紙が見えた。

 何だ…?

 怪しく思いながら、それを取り出す。

 そこにはただ携帯のメールアドレスだけが書かれていた。

 明らかに見覚えのない字、見覚えのないアドレスだ。

 定期入れを拾った人が書いたものか…?

 この紙をわざわざ入れたってことは、メールを送ってこいってことなのか…?

 何で?礼を請求するためか?

 冗談じゃない。触らぬ神に祟りなしだ。

 俺はそれを放置することに決めた。

 だけど、家に帰ってからも、それがずっと気になって仕方がなかった。

 一体どんな人なんだろう…?

 もしかしたら、かわいいJKかもしれない。

 いやいや、そんなうまい話がある訳がない。

 いかついヤクザが出てきて、家まで押しかけてくるかもしれない。

 そうなったら、身の破滅だ。

 だけど、あの丸っこい字はいかついヤクザのおっさんが書いたようには思えないな。

 いや、それが罠なんだって。出会い系のメールと一緒だ。

 かわいい字面で釣っといて、出てくるのは怖いおっさんだ。

 そんな面倒ごとに関わるなんて、絶対に御免だ。

 その日はそれで寝たが、翌日も一日、そのことが頭から離れなかった。

 それは、俺の人生においては、これまでにない感覚だった。

 面倒臭いことは大嫌いだ。

 だけど、メールを送るだけだ。

 定期入れに住所や電話番号を特定出来るようなものなんて、何も入れてなかった。

 だったら、最悪、ヤクザが家まで押しかけることはないんじゃないか。

 それに、何か面倒臭そうなことになったら、メールを返さなきゃいい。

 それだけのことさ。

 宝くじも、買わなきゃ当たらないって言うしな。

 何が当たりなのかは分からないが、日々に退屈していたのも事実だ。

 とりあえず…

《こんにちは。昨日、定期入れを落とした者です。拾ってくださり、ありがとうございました。》

と、これだけ送ってみた。

 定期入れを落として、受け取った翌日、23時を回ろうかという頃だ。

 すぐには返信はなかった。

 翌日、会社が終わり、家に帰ってきて、夜になっても、なかった。

 期待しないようにしよう。

 そう思っていた。

 だが、返信がなければ、寂しいし、まだ見ぬアドレスの主に想いは募ってしまう。

 だが、他に主を知る手掛かりがない以上、待つしかない。

 今日はなしか…そう思った23時。

 久しく鳴らない携帯が鳴った。

 それはメールを受信した音だった。

 恐る恐る携帯を開く。

 メールは件名がなかった。

 本文は…どうなんだ?

 俺はごくりと息を呑んだ。

 開いたメールの本文は、以下の通りだった。

《こんばんは、定期入れを拾った者です。メール、ありがとうございます。無事、手元に戻って良かったです。》

 これだけ。絵文字もない、シンプルな文面だった。

 面識もない相手に送っているのだから、当たり前と言えば、当たり前なのだが、俺は何を期待していたのだろう…。

 何もしなければ、これで終わりだ。

 だが、俺にとっては、久々に繋がった"新しい世界"だった。

 これだけで終わらせてしまうのは、どうにも惜しかった。

 かくして、もらったメールに対する返信を考えた。

《どちら様ですか?》

 いや、それは流石に失礼かな。

 そもそも、自分が名乗りもしないで、一方的に名前を聞くのは、ダメだろ。

 社交性のない俺でも、それくらいは分かる。

《私は佐藤友樹といいます。もし良ければ、お名前を教えていただけますか?》

 こんな感じにしてみた。

 友樹というのは、友達を大切にするようにと、両親が付けてくれた名前だが、俺には肝心の友達が殆どいない。

 このメールの相手とも、せめて友達になれればと思ったが、よくよく考えれば、まだ相手がどんな人かも知らないのだ。

 でも、定期入れを拾って、駅員に届けてくれた。それだけで、心の優しい人なのは間違いない。そんな妄想が頭の中には広がっていた。そう、これは妄想だ。ヤバイな。

 メールを送ったのは翌朝になってからだったが、返信はその日の19時過ぎにあった。

《私は大沢千尋といいます。佐藤さんは何をされている方ですか?》

 これはダブルで嬉しかった。

 一つは名前を知ることが出来たこと。恐らく、女性だ。そして、もう一つは、俺に興味を持ってくれたこと。

 基本的に、メールは問いかけなければ、そこで終わってしまう。

 千尋ちゃんかぁ。いや、ご高齢の方かもしれない。千尋さんとしておこう。…などと、メールが届くたびに、頭の中で妄想が広がる。

 期待は膨らむ一方だったが、恋愛的なそれ以前に、純粋に人と触れ合う喜びを感じていたのは確かだと思う。

 こうやって、仕事外で、言い換えれば、「本来、必要のない」ところで、人と知り合え、自分に興味を持ってもらえるという経験は久しくなかった。

 さて、ここからが肝心だ。

《私はネットワーク関係の会社に勤める、普通の会社員です。千尋さんは何をされている人ですか?》

 こう送ってみた。これに対する返信はさらに早く、40分後だった。

《私はアパレル関係の会社で働いています。ネットワークって凄いですね。》

 こんな内容だった。

 アパレルと来たか!きっとオシャレな人に違いない。しかも、俺のことを褒めてくれている!

 俺はテンションが上がっていた。早速返信。

《ネットワークと言っても、いわゆるプロバイダです。私は技術がある訳ではないので、パソコンで入力作業をするだけです。アパレルの方が全然凄いと思いますよ。やっぱりオシャレに興味があるんですか?》

 この時の俺は、メールの中ではあるが、かなり饒舌だったろう。だが、それがいけなかったのか。この日、これ以上の返信はなかった。

 もう夜遅いからな。明日、きっとまた来るさ。

 そう思い、その夜は寝たが、翌日も一日、返信はなかった。

 俺は段々不安になってきた。送ったメールの文面を何度も見直す。何がいけなかったのか。

 一方的に喋り過ぎたか?それとも、最後の質問が余計だったのか…?

 結果が出ないと、一気に自信がなくなっていく。

 そもそも、俺が女性とこんなに仲良くなれる訳がなかったんだ。向こうは社交辞令のつもりで返してくれただけなのに、それに舞い上がって、ガツガツ行った俺がバカだったんだ。

 だが、返信は翌朝にあった。

《返信が遅くなり、ごめんなさい。私はオシャレという訳ではないですが、興味はありますね。佐藤さんの方こそ、プロバイダなんて、すごいです。》

 当たり障りのない文面だが、ホッとした。そして、昨夜落ちていた自分の取り越し苦労が恥ずかしくなった。

 しかし、ここから先、どうやって、話を展開すればいいのか、皆目見当が付かない。

 元々俺は会話をするのが苦手な人間で、まともにメールをやり取りした経験もない。ましてや、相手は女子だ。何を話したら、喜んでもらえ、何を話したら、"地雷"を踏んでしまうのか。そもそも、相手がこれ以上のメールを望んでいるのか…?

 そう考え出したら、また不安がつのり、メールを打てなくなってしまった。

 モヤモヤしながら、その日一日を過ごし、でも、結局何も出来ずに、翌朝を迎えた。

 すると、彼女からまたメールが届いた。

《お忙しいですか?》

 …彼女も、返信がなくて、不安だったのか…?

 真相は分からないが、こうして連続してメールをくれたということは、俺とメールをしたい意志があるということだし、それは素直に嬉しい。

 俺は即座に返信した。

《こちらこそ、返信が遅れて、ごめんなさい。忙しくはないですよ!ただ、昨日はたまたまちょっとバタバタしていて…。逆に、大沢さんの方こそ、お忙しかったりしたら、お邪魔かと思い…。》

と、とりあえずは弁解してみた。すると、

《私は全然暇ですよ。》

と、一文が返ってきて、その最後にはVサインをしているニコニコ顔の顔文字があった。

 これで俺の杞憂は一気に吹っ飛んだ。
 歓迎されているという事実がまた嬉しかった。

 しかし、何を話せばいいか分からないのは相変わらずで、色々思案したが、とりあえずは切り口として、定期を落として、拾ってもらった駅の話をしてみることにした。

《大沢さんはよく錦糸町駅を使われるんですか?私は会社が錦糸町なもので…。》

と、自分のことも書いてみる。一方的に聞くのはやはり失礼だと思うので。

 夜、返信が来た。そこには、

《私も勤め先が錦糸町なんです。実は毎日、駅ですれ違ってたかもしれませんね。(笑)》

と書かれていた。

 俺の鼓動が一気に速まった。

 何だ、この運命を感じさせるような一文は。

 毎日、すれ違ってたかもしれないってことは、裏を返せば、明日以降もすれ違うってことじゃないか。

 知らないだけで、大沢さんは俺の近くにいる…

 そう考えると、ドキドキが止まらなかった、

 翌朝、電車の中で、駅のホームで、それまで気にも留めなかった周囲の女子を目で追ってしまう俺がいた。

 どの子が大沢さんなんだろう…?

 あの髪の長い子か?それとも、その隣を歩いてるショートで茶髪の子だろうか?いや、メールの中の大沢さんはボーイッシュな感じじゃなかった。

 あ、髪の長い子がこっちを見た!

 ヤベ!目が合っちまった!…でも、かわいい。何となく、まゆゆに似てる…こんな子と、お近づきになれたら…

 などと、俺の妄想は留まるところを知らない。

 そんな悶々とした想いに耐え切れなくなり、俺は意を決して、メールしてみた。

《もし良かったら、会社帰りにでも一度、錦糸町で会いませんか?まだちゃんと、お礼もしてないし…》

 さあ、どうなる?どう来る?どのみち、ダメもとだ!断られても、これまでと変わらない日々が待ってるだけさ。けど、もしオッケーだったら、人生初デートが待ってる…!

 二時間後、返信があった。

《お礼なんて、結構ですよ。でも、もし良ければ、一度会って、お話しましょうか♪》

 ヤッター!!!デートだ!デート!


 それから30分くらい、俺は完全に舞い上がっていた。

 …が、その後、冷静になる。

 よくよく考えたら、ただ、会って話をしようと言ってるだけのことじゃないか。何を期待してるんだ、俺は。。

 それに、会うってことは、俺のこの姿も見られてしまうってことだ。向こうはイケメンを期待して来るかもしれないが、明らかにイケテナイ俺のこの姿を見て、幻滅してしまうかもしれない…。髪は伸び放題ボサボサ、無精ひげも最早無精というレベルじゃない。腹も…最近、出てきてる…。それに、服がオシャレなものが一着もない!…あ、仕事帰りだから、スーツでいいのか。

 と、まぁ、会おうと言ったはいいが、とにかく、無性に焦ってきた。

 それで、「うわ、、何、このキモイの?」なんて顔されたら、きっと俺、一生立ち直れないわ…。だったら、会わない方がいいんじゃないか?これからも、メル友として、幸せにやっていける…

 そのまま布団に突っ伏し、悶々とした想いに苛まれながら、俺は朝を迎えた。

 だが、想いは寝て去るどころか、ますます強くなっていた。

 ヤバイ…こんなこと初めてだ…

 これが恋ってヤツなのか?

 相手に会ったこともないのに??

 結局、その日は仕事も手に付かなかった。

 ダメだ!もう会うしかない!

《ありがとうございます。大沢さんはいつが都合がいいですか?》

 そう送った。

 次のメールで、彼女は三日後を希望してきた。
 だが、それでは俺の準備が間に合わないと思い、今週はちょっと仕事が忙しいからと逃げ、一週間後でお願いした。
 その日だったら、大丈夫、と彼女も言ってくれた。

 それからの一週間、人生初の美容院に行ったり、服を買ったり、俺なりに頑張ってみた。
 いや、これまでが頑張らな過ぎたのか。
 もっとも、これでオシャレになったかどうかは分からない。
 というか、参考にしようと買った、雑誌に載ってるイケメンたちの身なりとは大分違う気がする…。垢抜けないとは、こういうことを言うのか。
 だが、これ以上はどうにも変われなかった。
 が、少なくとも、清潔感は出た気がする。
 これで拒否されたら、仕方がない。縁がなかったんだ。

 …て、まるでお見合いに望むかのような心境だな。
 相手は既婚者かもしれないのに。
 まあ…一人で盛り上がるのは勝手だ。

 そして、迎えた一週間後、待ち合わせは、19時、錦糸町駅南口の交番前だった。

 彼女の目印は、大きなリラックマのストラップが付いた、ピンク色の携帯電話。

 俺の目印は、よく分からない犬のゆるキャラのストラップを付けた、茶色い鞄。

 この犬のストラップは、会社の先輩が土産だとか言って、部署の全員に配っていたものだが、どこのお土産で何と言う名前なのかも知らない。
 だが、俺なりに必死に考えた目印だ。そもそもが地味な人間で、その上、スーツなんて着てたら、初対面でなくても見つけづらいと思う。

 彼女はどんな格好で、どっちから来るんだろう…?
 でも、「大きなリラックマのストラップが付いた、ピンク色の携帯電話」を使ってるくらいだから、きっとかわいいもの好きのかわいい子なんだろうなぁ。

…などと、ヤバイ、またしても妄想が。。

 19時になった。

 が、彼女は現れない。

 きっと残業があったんだろう。来たら、労ってあげなきゃ。

 …などと考えながら、5分、そして、10分が過ぎた…。

 1分おきに携帯に目をやるが、何の連絡も入ってこない。

 さすがに不安が頭を覆う。

 これは…ひょっとして、俺の姿を見て、幻滅して、帰ってしまったのか…?
 ああ…終わったな。だとしたら、二度とメールが来ることはないだろう…。
 こんなもんさ。ドラマや漫画のようにうまくはいかない。運命の出会いなんてのは、所詮、「イケメンに限る」という条件付きだ。俺みたいなブサメンにあんな展開はあり得ない。

 そう思い、ガックリと肩を落としていると、斜め前方から「あのぅ…」と、か細い声がかけられた。

 !?

 期待と不安とあらゆる思いが交錯する中、俺は恐る恐る顔を上げた。

 すると、そこには一人の少女が立っていた。

 そう、明らかに少女だ。歳は14〜5歳だろうか。ブレザーの制服を着ている。

 違った。大沢さんじゃない。

 何だ?道を聞こうとか、そんなんかな?

 ふと、彼女が持っている携帯が目に留まった。

 大きなリラックマのストラップが付いた、ピンク色の携帯電話だ…!

 まさか…?

「はい?」

 唖然とした顔のまま、俺は返事をする。

「佐藤さん…ですか?」

 少女が問い掛ける。

「ええ…、そうですが。」

 俺は答える。

「あの、私、大沢です。大沢千尋…。ごめんなさい!嘘ついてました!私、中学生です!」

 少女が真相を告げた。

「え…?あ…、そうなんだ。」

 俺はどう答えていいか分からず、間の抜けたような受け答えをしてしまう。

「あの…もし良ければ…、マックとか…」

 少女はそう言った。

 俺はそれを聞いて、ちょっと笑ってしまった。

 ホント、中学生なんだな。

 そして、張り詰めていた緊張が一気に解れ、気が楽になった気がした。

「ダメ…ですか?」

 少女はまだ緊張して、声が震えていた。

「いいよ。」

 俺は笑顔で答えた。

「俺みたいな冴えない男とマックでいいの?」と聞くと、彼女は「はい。」とだけ答えた。

 マックに入って注文を済ませ、テーブルにつき、ホットコーヒーをわずかに口に含むと、彼女は再びその口を開いた。

「私の周りの誰かじゃない誰かに、色々、話を聞いて欲しかったんです…。」

 ああ…、同じだと思った。

 俺がずっと抱えてることを、この子も抱えている。

 彼女を見ていると、過去の自分を見ているようで、俺の中に、ほっとけない感情が芽生えた。

 それから二時間ほど、お互いに色々話した。

 彼女の学校のこと、俺の会社のこと、表面上合わせるだけの"友人"はいても、本当の友達はいないこと。

 そして、またメールしようと言って、別れた。

 そこにあったのは恋愛とかではなく、色っぽい展開もなかった。

 けれど、心が満たされ、話すことで理解してもらえた気がしていた。

 一人じゃない。また生きていこうと思えた。

 こんな大沢千尋で良かった。まゆゆより、よっぽどいい!マジにそう思った、5月の夜だった。

おわり

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