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ここでは、テラクリサロンで朗読された中村俊哉による短編小説を公開します。

今後、他の作家の小説も順次公開していく予定です。どうぞお楽しみに!

 

中村俊哉の短編小説たち

[2013/05/31公開]
  遠き故郷
(テラレボリューション / 朗読:佐藤 猟&紺野 愛)
HTML版 / WORD版
[2012/12/20公開]
  鏡の迷宮
(第4回テラクリサロン / 朗読:水本小百合)
HTML版 / WORD版
[2012/07/24公開]
  ふれあい
(第3回テラクリサロン / 朗読:有賀 楓)
HTML版 / WORD版
[2012/07/16公開]
  雨の降る街
(第2回テラクリサロン / 朗読:伊東一人)
HTML版 / WORD版
 
[Coming Soon...]
  ヴァーチャル・ファイト
(第2回テラクリサロン / 朗読:堀江麗奈)
  エクスターナル・アフィアーズ
(第1回テラクリサロン / 朗読:堀江麗奈)
   

 


 鏡の迷宮


 あたしは悪くない。
 なのに、何で、いつも責められなきゃならないの?
 あたしが何をしたって言うの?

 パパもママも何も分かってない。
 リサやアイナも。
 あたしがいなくなれば、満足するのかな?
 あいつも…あたしのことなんて、きっと、どうでもいいんだよね。
 ああ、何かもう、分からない。
 てか、考えたくない。
 誰にも会いたくない。
 何も食べたくない。

 こんな価値のない人間、生きてる資格なんてないよね。

 消えてなくなりたい…


 あたしは塞ぎ込み、机に突っ伏す。
 そして、世界から目と耳を閉ざした。

 真っ暗闇。

 静寂。

 これがずっと続けばいいのに。

 でも、あまりにも静か過ぎて、少し不安になり、ゆっくりと目を開ける。

 すると、そこは先程までの自分の部屋ではなかった。
 机もなくなっている。

 どこまでも続く廊下。
 床と天井は赤く、両側の壁は鏡になっていて、あたしが移り込んでいる。

 何なの、ここは…?

 嫌!見たくない!あたしなんか、見たくない!
 こんなの、悪い夢に決まってる!

 そう叫び、目を閉じる。

 10数えて、再び目を開けた。

 でも、そこは同じ鏡の廊下。

 前にも後ろにも果てなく続いているように見える。

 一切、音のない世界。

 一定間隔に取り付けられた、四角い天井照明だけがぼんやりと道を照らす。

 鏡は絶えず自分を映し出している。

 息苦しい。
 ともかく、ここから、一刻も早く出たい!

 そう思い、歩き出す。

 2〜3歩踏み出したところで、廊下の先の方、右手に何かが見えた。

 出口…!?

 足早に近付くと、扉があった。
 それも鏡で出来ている。

 この向こうに何があるのか…
 怖かったが、開ける以外の選択肢はなかった。

 ノブを捻り、引くと、鏡の扉は音もなく開いた。

 中は真っ赤だった。

 床も壁も天井も。

 テーブルや椅子、化粧台が置かれている。
 それらも全て真っ赤だ。

 窓はない。

 そこに立っていると、凄い不安に襲われた。

 湧き上がる感情が自分を急き立てる。
 絶えず、何かを攻撃してしまいたくなった。

 あたしを排斥する、全てが嫌い。

 父さんも母さんもあたしがいらないんなら、産まなきゃ良かったのに!
 てか、こんな可愛げもないダメな子じゃなく、もっといい子だったら、良かったんだよね。
 あたしで悪かったね!
 あ、だから、一家団欒もないのか。
 今さらそんな家族ごっこされても、鬱陶しいだけだけど。

 リサもアイナも、友達でもないのに、友達の振りなんてしないで欲しい。
 結局は自分のことしか考えてないじゃない。
 「ずっと友達でいようね」とか、白々しい言葉をよくも言えたものだわ。
 表面上の友達ってヤツ?
 ああ、意味ない。意味ないわ。

 それを言ったら、ケンもそうか。
 何で、あたしなの?
 あたしなんかと一緒にいて、楽しいの?
 てか、楽しくないの、分かってるから。
 もう、お互い、嫌なとこばっか目に付くし、会っても文句ばっかだし…離れていくんなら、さっさと行って欲しい。
 あたしの代わり…ていうか、あたしよりいい子、いくらでもいるから。

 そうやって、あたしは身の回りの人を次々と攻撃した後、激しい自己嫌悪に囚われた。
 冷静じゃいられなかった。

 その赤い部屋の全てが自分をイライラさせるだけだということに気付き、勢いよく飛び出した。


 再び鏡の廊下。

 イライラがぐるぐる回りながらも、足だけは前へと進み続けた。

 何も考えたくなかった。

 やがてまた扉が見えた。

 今度こそはと希望を込めて、扉を開ける。

 そこは全てが真っ青な部屋だった。

 そこに立つと、再び不安に襲われた。
 先程は怒りにも似た、激しい不安だったが、今度は、寒くて、寂しくて、消えてしまいそうな感覚を覚えたのだ。

 結局、あたしは一人なんだ。

 どこまで行っても。

 一人で生き、一人で死んでいく。

 それが人生。

 そんなこと、分かってる。

 だから、そうやって生きてきた。

 誰よりも強くなければならない。

 弱音なんて、絶対に吐かない。

 弱くても、助けてくれるって?

 結局、それは都合のいい時だけ。

 都合が悪くなれば、捨てられる。

 それが人間社会。

 同情なんていらない。

 本音なんて、絶対に見せない。

 本当のあたしは一人で生きていくの。

 そんな思考が延々と頭の中を巡る中、あたしは今、自分が立っている空間が掴めなくなった。

 この青い空間はどこまでも広がっていくような…
 いや、限りなく狭いような…

 広ければ広いで、そこにあたしだけが取り残されたような気分になるし、狭ければ狭いで、押し潰されそうな不安と息苦しさを感じる。

 一人で生きていくって決めたのに…それが辛い?

 人と触れ合ったって、寂しさを感じるし、それは心を開けば開くほど、苦しくなる。

 パパもママも家に殆どいなかったし…まあ、あたしは不出来な娘だから、顔も見たくなかったのかもしれないど。

 リサもアイナも彼氏が出来たら、あたしはお払い箱だし、支えて欲しい時に支えてくれない。

 ケンだってそう。
 他の子の彼はみんなもっと優しいのに、どうして連絡くれないの?

 忙しいのは分かってる。あたしだって忙しい。でも、だから、どうでもいいの?だったら、もうサヨナラした方がいい。

 結局、皆、あたしに寂しい思いをさせるだけ。

 だったら、最初から期待しない。心は開かない。一人で生きていく!

 それが何か問題あるっていうの!?

 折れそうな心を抱えて、あたしは部屋を飛び出した。


 再び鏡の廊下へ。

 だが、おかしい。

 何かがおかしい。さっきと違う。

 何かが付いてくる。

 それに、恐ろしい程の視線を感じる。

 右側の鏡を見て、ぎょっとした。

 鏡の中のあたしが…あたしを見て、笑ってる…!

 な…何なの…?

 でも、その笑顔はどこか変だ。

 明らかに心がない。心のないあたしがいる。

 その頬を涙が伝った。

 彼女は泣き喚きだした。

 とても痛々しかった。

 すると、今度は左側から「ああああーっ!」という叫び声がした。

 静寂の世界に突然響いた怒声にあたしは驚く。

 振り向くと、そこには髪を振り乱し、凄い形相でこちらを睨んでいるあたしの姿があった。

 そんな…!

 二人のあたしに囲まれ、気が狂いそうだった。

 どうすればいいの…?
 どうしようもないじゃない!

 その時、白い靄のようなものが後ろから漂ってきた。

 え…?

 この靄に包まれたら、ヤバイ…!

 直感的にそう感じた。

 あたしは走った。
 二人のあたしを置いて。

 どれくらい走っただろう。

 鏡の廊下は突然終点を迎えた。

 突き当たりに一つの扉。

 後ろからは靄が世界をかき消しながら迫っていて、選択の余地はなかった。

 あたしは勢いよく、その扉を開けた。


 そこは普通の部屋だった。

 色鮮やかな部屋。

 机に、椅子に、化粧台に、ベッドに、本棚…
 全て木の優しい色合いを湛え、窓からは暖かい日差しが入り込んでいる。

 あたしはとても穏やかな気持ちになった。

 でも、この部屋、どこかで見たことがある…?

 椅子に生まれたばかりの赤ちゃんくらいの大きさの人形が座っていた。
 ブロンドの髪に白いドレスの、目のくりっとした、可愛らしいフランス人形だ。

 この人形もどこか見覚えがあった。

 だが、それがどこなのかは思い出せない。

「あなた…は?」

 不意に尋ねてしまった。

 あたし、人形相手に何言ってんだろ…

 見知った顔の人形に対し、懐かしい人にあったような安心感が芽生えたのだ。

「私はあなたの友達。」

 人形が喋った。

 え…!?

「そして、ここはあなたが昔住んでいた部屋よ。」

 そういえば、そんな気がする。
 きっと、あまりに昔過ぎて、ハッキリと思い出せないのだろうけど。

 でも、この人形は…?

「あなたは全てから逃げて、ここに来たの。」

 人形が言う。

「そんな…そんなことない!あたしは…」

 人形に反論するが、それ以上は言葉に詰まってしまった。

 逃げて…か。

 確かに。

 一人で戦ってきたつもりだったけど、ちゃんと向き合い、傷つくことからは逃げてしまってたのかも…。

 ああ、悔しい。

「じゃあ、どうしろって言うの!?」

 怒りに任せて、あたしはそう続けた。

 人形はにっこりと笑った。…気がした。

 人形の瞳の中に何かが映る。

 それは、あたしのパパとママの姿だった。

 あたしは二人に両手を握られ、動物園にいる。

 目の前には大きな象。

 あたしは、鼻で干草を巻き上げ、口に運んでいるその姿に釘付けになっていた。

 両の手を握られている安心感。パパもママも、あたしが笑うと、笑ってくれた。

 あたしを見ていてくれる。そして、あたしを喜んでくれている。

 ここには、間違いなく、幸せがあった…


 人形の瞳から色とりどりの景色は消え、元来の黒くつぶらなそれに戻る。

 え…?は…?

「何…、昔のことじゃん。こんなの、もう記憶にもないわよ!」

 あたしは人形に突っかかった。

「そう。でも、私は知っているわ。」

 彼女がそう言うと、また別の何かがその瞳に映った。


 あたしは西日の差し込む学校の教室にいた。

 多分、放課後だろう。

 一人で帰り支度をしている。

 周りは皆、他人だ。
 白々しい仲良しごっこなんて、マジ反吐が出る。
 そんなもの、なくても、生きていける。
 耳に入ってくる会話は全てノイズ。

 これがその時のあたしのベース。

 でも、

「あ、これ、可愛いねー。どこで買ったの?」

 不意に後ろから声がした。

 振り向くと、そこにリサがいた。あたしの鞄に付いている子猫のストラップを覗き込んでいる。

「あ…ああ、それ、取ったの。UFOキャッチャーで。」

 予想外にかけられた言葉に、どう返していいか分からないあたしは、照れもあり、おかしな表情をしていたに違いない。

「UFOキャッチャー!?あたし得意だよ!一緒に行かない?」

 そう言ってきたのは、反対側にいたアイナだった。

「え…?」

 強引な誘いにきょとんとしてしまうあたし。
 でも、嫌じゃなかった。というか、嬉しかった。

「ダメ?今日はこの後、予定ある?」

 ストレートな物言いのアイナ。

「いや…今日なら、大丈夫だよ。」

 ちょっとモジモジしながら、そう答えるあたし。

 ホント、こんなとき、人前でどんな顔をすればいいか分からない。
 でも、自然と心は温かくなっていた。

 友達ってのも悪くない。
 そう思えた。


 再び、人形の瞳が黒くなる。

「あ…!」

 人形は黙っている。

「これも最初だけよ!このあと、二人は…」

 再び突っかかるあたし。

「彼氏が出来たから、そっちを優先して、あなたを捨てた?」

 人形が鋭い質問をぶつけてくる。

「そうよ!」

「あなたはどうだったの?」

 人形が問う。

「…。」

 答えられないあたしに、人形の瞳はまた別のヴィジョンを見せた。


 イルミネーションが綺麗な十二月の夜の街。

 あたしが向かう先には、石段に寄りかかる一人の男がいた。

「ゴメン、遅くなって。」

 僅かの遅れだが、一応、謝るあたし。

「ああ…。」

 彼―ケンは素っ気なく応える。

 彼に付いて、歩き出す。

 あたしはバイト終わりで疲れていた。
 でも、彼はそんなことは意にも介さず、あたしの方を振り向くこうともせず、どんどん先を行く。

 今日だって、本当はリサやアイナと久々に会う約束があったのに、「今日しか空いてないから」とか言って、急に呼び出して…コイツ、自分だけが忙しいと思ってるの?

 一つ嫌になると、どんどん嫌になり、不満・ストレスばかりが募っていく。
 こんな付き合い、何の意味があるの…とも思えてくる。てか、お互い、会って楽しい訳でもないのに、何で会ってるんだろ?みたいな。

「なあ」

 不意に彼が立ち止まり、口を開いた。

「今日が何の日か、覚えてるか?」

「え…?」

 突然の問い掛けに、あたしは慌てて、記憶を探る。

「一年前、最初にデートした日だよ。」

 照れ臭そうに顔を伏せながら、そう言うケン。

「同じ店を予約したんだ。」

 そう言う彼の肩越しに、一年前に行ったきりの小さなレストランが見えた。
 その頃と全く変わっていない外装で。

「ほら、一年前に約束したろ。また一年後にここに連れてくるって。」

 慌てて取り繕う彼。

「そういえば。」

 あたしはすっかり忘れていた。最近は彼への不満や不安で頭がいっぱいで、一年前の約束はすっぽ抜けていた。

「ごめん、忘れてた。てか、よく覚えてたね?」

 素直じゃないあたしは、悪びれずに言う。彼は仕事や趣味でやっているフットサルクラブのことで忙しそうにしていたので、あたしのことなんて、何も気にしてないのかと思ってた。

「まあ…な。俺もおまえと一緒で素直じゃないんで、普段は素っ気なくしちまうし、ぶっちゃけ、それが原因でケンカもいっぱいしたけど…何だかんだで一年、ありがとうな。」

 普段は「ありがとう」なんて言わない彼の「ありがとう」が胸にグッときた。

 その瞬間、あたし、幸せだと思った。


 人形の瞳が黒く戻る。

「あ…でも、これはこの時だけよ!ケンといてもイライラすることの方が多かったし、ホント意地っ張りで、素直じゃないし…」

 人形は笑った。

「何が可笑しいの!?」

 あたしは突っ込む。

「でも、その瞬間瞬間には、確かに、幸せを感じてたでしょ?あなたの中には間違いなく、幸せな思い出がある。それは否定出来ないわよね?」

 人形は悪意のない顔で語りかける。

「でも…」

 まだあたしは素直になれないでいた。
 すると、机の上で何かが震えた。それはあたしの携帯だった。

「あ…何で、あんなところに…」

 慌てて携帯を手に取り、開いた。

 すると、そこには
「今、どこにいる?頼むから、連絡くれ」
「大丈夫?何かあったんだったら、すぐに助けに行くからね」
「心配しています。連絡を待ってます」
といった沢山のメールと、沢山の着信があった。

「あなたはまだ必要とされている。人間、失いかけて、初めて気付くこともあるわ。ケンさんもリサさんもアイナさんもお父さんもお母さんもあなたを失いたくないって、今、強く思ってる。」

 人形が言った。

 あたしは頷いた。

 すると、目の前の空間に亀裂が走り、部屋は壊れた。
 広がったのは真っ黒な世界。
 しかし、遠くに光が見えた。

「行って。自分のいるべき場所に。」

 暗闇の中で、人形が語りかける。

「あなたは…?」

「私もあなたと約束したわ。困った時には助けるって。」

 笑顔で言う人形。

「あ…!」

 それはパパとママのプレゼントで、幼い頃、いつも一緒に過ごした人形だった。

 いつの間にか、なくなってしまい、その存在も忘れていたけど…

「あなたが私を必要としなくなってから、私はあなたの下を離れたわ。でも、私にとって、唯一つの大切な約束を守るため、あなたが必要としてくれる時まで、そっと見守り続け、待っていたの。」

 ああ…!

 あたしは人形を抱きしめた。

「私を必要としてくれて、ありがとう。」

 人形はそう言い、あたしの腕の中ですっと消えた。

 あとにはあたしの涙の雫だけが残った。
 久しく涙なんて流してなかったのに…

 あたしの周りに広がるこの闇のように、不安は絶えずやって来るかもしれないけど、
 あたしを支えてくれる、この温かい気持ちは本当だから…
 この先にどんな世界が待っていても、きっと生きていける。

 あたしは、光に向かい、歩き出した。

おわり

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