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ここでは、テラクリサロンで朗読された中村俊哉による短編小説を公開します。

今後、他の作家の小説も順次公開していく予定です。どうぞお楽しみに!

 

中村俊哉の短編小説たち

[2013/05/31公開]
  遠き故郷
(テラレボリューション / 朗読:佐藤 猟&紺野 愛)
HTML版 / WORD版
[2012/12/20公開]
  鏡の迷宮
(第4回テラクリサロン / 朗読:水本小百合)
HTML版 / WORD版
[2012/07/24公開]
  ふれあい
(第3回テラクリサロン / 朗読:有賀 楓)
HTML版 / WORD版
[2012/07/16公開]
  雨の降る街
(第2回テラクリサロン / 朗読:伊東一人)
HTML版 / WORD版
 
[Coming Soon...]
  ヴァーチャル・ファイト
(第2回テラクリサロン / 朗読:堀江麗奈)
  エクスターナル・アフィアーズ
(第1回テラクリサロン / 朗読:堀江麗奈)
   

 


 遠き故郷


 俺、テディーは、幼馴染みのルーナと、帰省のための大荷物を持ち、ブリュッセル中央駅のホームに立っていた。
 片手には国鉄の二等席乗車券。

 俺たちの故郷ワイト村はベルギー国鉄の終着駅ブルージュからさらに二時間程歩いたところにある。
 もっとも、総面積約3万平方キロメートルのこの国は、電車で一日もあれば、端から端まで行けてしまう。ブリュッセル中央駅からブルージュまでは一時間だ。
 そのため、帰省も苦ではなかった。

「着いたよ。」
 車内ですっかり寝入ってしまった俺をルーナが突き起こす。
 ルーナは元気があり余ってるような子だ。黙っていれば、かわいい方だと思うが、何せ、いつも一言多い。特に、俺には。

「ああ…もうか。」
 俺はまだ寝足りなく、起きるのも面倒臭いが、終点とあっちゃ席を立たざるを得ない。

 俺は、ブリュッセル自由大学の二年生。ルーナとは、何の縁か、故郷の小中学校は勿論、ブリュッセルに出てきてからの高校、大学に至るまで同じ道を辿り、今回も共に帰省することになった。
 車窓からはブルージュ駅の喧騒がすぐそこに見えた。

「あ、足下の水筒忘れないようにね。」
 ルーナが寝ぼけ眼の俺に注意を促す。
「分かってるよ。」
 むっとしながら、俺は返す。
 ルーナはいつも世話を焼き過ぎる。そして、それが喧嘩の引き金になることもしばしばだ。

 俺たちは両手いっぱいに荷物を抱え、電車を降り、改札をくぐった。
 そこには懐かしい山々が広がっていた。
 その山の中にワイト村がある。
 ここからは歩きの旅だ。

「ねえ」
 ルーナがニコニコしながら、声を掛けてくる。
 俺は涼しい顔で気付かぬ振りをする。
 こういう時のルーナの話の内容は、決まって、ろくでもない。

「ねえってば」
 ルーナが語気を強めてきた。
「何だよ?」
 俺はつれない返事をする。
「これ、持ってよ。」
 ほらきた。
 ルーナは自分の旅行鞄を、さも当たり前のように俺の眼前に差し出した。

「あのなー。何で俺が持たなきゃならないんだ?俺だって両手が塞がってるんだが。」
 俺も当然の主張をする。
「か弱い女の子が困ってるのよ?助けるのは当然でしょ?」
 そう言って、さらに鞄を突き出すルーナ。そっちが当然ときたか。

「へいへい。」
 これ以上、ルーナに逆らわない方がいいのは明白だった。
 しかし、幼馴染みって人種は、どうしてこうも怒りっぽいのか。
 学校で知り合った女の子たちは本当に優しいのに、ルーナは対極的に容赦ない。

 俺はそんなことを考えながら、街の出口へ向かい、通りを歩いた。

 世界遺産の街として知られるこの街。
 ブルージュとは「橋」という意味で、12世紀に運河が造られ、それから街中にたくさんの水路ができたおかげで、「水の都」だとか、北のヴェネチア、また美しくメルヘンな街並みから、屋根の無い美術館という異称も持っている。
 そのお陰で、観光客と思われる一団が街の至るところで見かけられた。

 水路に沿って街を歩き、北口へ向かう途中、一つのベンチが目に入った。
 ここを抜けると、ワイトまで歩きっぱなしになると知っていた俺は、そのベンチに駆け寄り、座り込んだ。

「ちょ…!」
 案の定、ルーナはそれを見逃してはくれない。
「何やってるのよ、もう!」
 ルーナに叱られるが早いか、俺は弁明をした。
「あのなー、この先座れるとこなんてないだろ?だから、今のうちに、休息を取っとかないと。」
 何の捻りもないが、明らかに正論だ。
 ルーナに下手な小細工は通用しないと分かっていたから、こう言うしかなかったのだが。

 俺はベンチの背もたれに寄り掛かり、まっすぐに上を見て、白い雲と青い空を暫く眺めた。
 ブリュッセルとは違う。故郷の空だ。
 そんなことを思いながら、ルーナの反論が返ってくるのを待ったが、俺に掛けられたのは予期もせぬ別の声だった。

「やあ、テディー君じゃないか。」

 驚いて、姿勢を正し、前を向く俺。
 そこにいたのは一人の中年の男だった。

「え…?」
 知らない顔だ。

「久しぶりだね。」
 男は明らかに俺を知っている。
 ルーナはどうなんだ…?

「ルーナ君も。」
 男は、俺の隣に腰掛けて、ニコニコしながら、自分の方を見ているルーナに話し掛けた。
 すると、
「はい。」
と、即答。
 え…?ルーナはこの男を知っている…?
 知らないのは俺だけか…?

 いや、知らないはずない。
 思い出せないだけなんだろう。

 だが、全く心当たりがない。
 しかも、思い出せないとは、とても言える雰囲気じゃない。
 仕方ない。
 適当に話を合わせながら、探ってみるか…

俺は、そんな思考を巡らせながら、
「そうですね。」
と口にした。

 一瞬、男の口元に笑みが浮かんだ。
 続けざま、彼は
「彼女とはうまくいってる?」
と聞いてきた。

 は?
 彼女…?
 誰のことだ…?
 俺に恋人なんかいないし。
 誰か特定の人のことを指しているのか…?

 などと、どうにも想像の域を出なかったが、
「ええ、まあ。」
と答えてみた。

 すると、男は満面の笑顔で、
「そうか、それは良かった!」
と言い、次にルーナの方を見た。そして、
「ルーナ君は彼に不満はないかい?」
と聞く。

 …って、ええ!?
 彼女って、ルーナのこと!?
 ルーナは…どう答えるんだ…?
「ええ。素敵な彼ですから。」
ときた。

 …。意味が分からん。
「ふふ、結婚式には呼んでくれよ。それでは、またね。」

 そう言って、男は去っていった。

「おい!」
 俺はルーナを問い詰める。
「さっきのは何だよ?」
「何って?」
 ルーナはしらじらしく答えた。
「だから、素敵な彼って…」
「ああ、あんたのことよ。」
「俺はいつからお前の彼になったんだよ!?」
「…ついさっき。あんた、彼女とうまくやってるって答えたでしょ?」
 何だ、そりゃ。
「知らねえよ!てか、そもそも誰だよ、さっきの男!」
「…え?本気で言ってんの?」
 驚いた表情のルーナ。
「え…?ああ…」
 すると、ルーナは深いため息を吐いて、
「トーマスさんじゃない。」
と言った。

「トーマス…?」
 俺はその名前から記憶を辿った。
「あ、ひょっとして、用務員のトーマスさん?」
「他に誰がいるのよ。」
 ルーナに呆れ顔で返された。

 トーマスというのは、昔、俺とルーナが通っていた小学校の用務員のおじさんで、校舎の裏の小さな家に住んでいたのだった。

「ああ、そうか。俺、小学校以来、ずっと会ってなかったから、分からなかったわ…。」
 きまりが悪そうに言う俺。
「てか、何でそのトーマスさんの中で俺とおまえが付き合ってることになってるんだよ!」
 と捲し立てると、ルーナは面倒臭そうに
「知らないけど、トーマスさんの中では、私たち、小学校の頃からずっと付き合ってることになってるみたいよ。」
と答えた。

 …そうなのか。
 人の見る目というのは分からん。

 ともかく、そんな久々な人にも会ったりして、故郷が近付いてきたことを実感した俺たちは、程なく立ち上がり、再び歩みを進めた。

 ワイト村。
 人口八百人ほどの小さな村。
 それも地方の村の常で、年々人口が減り、高齢化が進んでいた。
 今回は一年振りの帰省になった訳だけど、トーマスさんだけでなく、度忘れしている顔も多かった。
 別に俺が忘れっぽくなったということではないと思う。
 ブリュッセルでの生活で、都会に感化され、何か、故郷が実際の距離以上に遠い場所に感じていたのだ。
 俺は家族やよくつるんだ友人との再会を懐かしんだ後、久しく行ってなかった小学校へと向かった。

 木造の校舎はかなり老朽化が進み、都会のビル群に慣れてしまった俺からすれば、前時代的な感じがした。
 校舎の角を回ると、向こうからルーナがやってきた。

 ルーナは俺を見るや、
「来てたんだ?卒業して以来、ここに寄り付かなかったあんたが、珍しいじゃない。」
 相変わらず、小憎らしいことを言う。
「まあ…な。」
 悔しいけど、これも正論だ。
「さっきフィリップ先生に会ってきたよ。」
 ルーナが言う。
 フィリップというのは中学時代の数学の先生で、物腰の柔らかい老紳士だった。
「フィリップ先生か…懐かしいな。今、どうしてるんだ?」
 ごく当然の質問をした。
「数年前に心臓疾患を患ってから、ご自宅で静養されているわ。」

 俺はその回答に衝撃を受けた。
きびきびと動く元気なフィリップ先生しか知らなかったからだ。
「そうなのか…。結構悪いのか?」
 俺は聞く。
「大人しくしていれば、命に関わるようなものではないけれども、もう無理は出来ないみたい。」
 ルーナが寂しそうに答えた。
「そうか…」
 都会は活気が溢れ、刺激に満ちていたけれども、人生はそればかりではない。
 忘れかけていたけど、ここが俺の故郷であり、ここにルーツがあったんだ。

「これ…覚えてる?」
 不意にルーナが校舎の窓の縁に手を当て、言った。
「え…?」
 俺は歩み寄り、そこを見た。

 すると、そこには、俺とルーナの名前、そして、約十年前の日付が彫ってあった。
 念のため、言っておくが、別に相合傘とかではない。
「これは…?」
 どういう意図でこれを彫ったのか、全く思い出せなかった。
「やっぱり覚えてないのね。」
 ルーナはまったくもうといった表情で、肩で息をする。
「…ごめん。」
 俺は反論出来なかった。
「これはただの記念よ。」
 ルーナは言う。
「記念…?」
 俺にはよく分からなかった。
「きっと大した意味はないわ。ただ単に、『今日という日を忘れないようにしようね』という記念なのよ。」
「今日という日…」
 そういえば、一日一日をそんな風に思えた時代があった。

 高校入学と同時にブリュッセルに移り、それからの日々は予定に忙殺され、スケジュール帳に空白を残しておく余裕などなかった。
 それが日常を充実させていたことは事実だし、それはそれで十分過ぎる意味があったのだけど、果たして、それだけで良かったのか…?
 遠い過去を思い返すと、そんな風にも思えてきた。

「やあ、ここに来ていたのか。」
 後ろから声がして振り向くと、そこにトーマスさんがいた。
「トーマスさん…」
「大分ボロくなってしまっただろう…?」
 校舎を見上げ、トーマスさんは言う。
「いえ、そんな。」
 と俺。
「この校舎も私と一緒で、歳を取ったんだ。」
 頭に大分白いものの混じったおじさんは柱に手を触れると、愛おしむような眼差しでそれを見た。
 そして、
「今日、ここに来て、君たちの思い出は見つかったかね?」
 トーマスさんはそう聞いた。
「ええ。初恋の思い出が見つかりました。」
 ルーナはにっこりと笑って、答えた。

 日が傾き、俺は実家に帰ってきた。
 自室の窓から外を見ると、月が煌々と輝いていた。

 ルーナは、あれはどういう意味で言ったんだろう…?
 もしかして、本当に俺のことが好き…
 いや、ルーナにとっては、そんな問題じゃないのかもしれない。

「故郷での思い出は綺麗なままにしておきたい。」

 以前、ルーナがそんなことを言っていたことがあった。
 あれは大学に入ってすぐのオリエンテーリングで、クラスメイトとの間で出身地の話が出た時のことだったか。

 そういうことなんだな。
 きっとトーマスさんの中の思い出も綺麗なままにしておきたかったんだ。

 だとすると、初恋は本当に…?

 それが今も続いているのかは分からない。
 けど、ここでの思い出はやはり特別なんだ。
 今はそれでいいじゃないか。

 そんな風に思い、俺は布団に入った。
 明日の夕方には大学の寮に戻らなければならない。
 でも、それまではここでの思い出に浸ろう。

 ルーナとは、ブリュッセルに戻ったら、また何かしら、新しい思い出を作っていけばいい。
 俺にとって、今回の帰省は、故郷の意味を見つけ、また、胸の中が芯から温まる、素敵なものとなったのだった。

おわり

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